少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

シシ神の「寄せ集め」を可能にする水平伝播と細胞親和性

「水平遺伝」

 哺乳類はまず両親からのブレンドされた遺伝子を受け継ぎます。これが通常の遺伝で、垂直方向の伝達です。シシ神にはそれがないとしますと、垂直方向以外からの伝達が行われたと考えるしかありません。これがいうなれば水平遺伝で、生物学的に正しい用語は「遺伝子の水平伝播」です。

 遺伝の情報は4種類の核酸塩基の配列が、鏡面像となる2重ラセン構造で構成されたDNAに記録されています。この事実はかつてノーベル賞を受賞した発見でした。現在ではその概要が高校の生物学の教科書に載るほど、人類にとって画期的な発見でした。ダーウィンの「種の起源」からおおよそ100年ぶりの、生物学における新たな大航海時代の始まりを告げる出来事だったのです。

 さてシシ神の昼間のあの独特な姿も、DNAあるいはRNAに規定されているはずですが、問題は、その遺伝情報をどのようにして手に入れたのかということです。考えられる最大の可能性は「森の中で拾った」ということでしょう。生物の微小断片を、まるごと食べる消化吸収以外の方法で、しかも2重ラセン構造にほとんど損傷を与えないで、体内に取り込むことができるでしょうか。つまり同種の個体から、あるいは別種の生物からDNAの一部分を受け取ることができるのだろうかということです。答えは「出来る」で、キーワードはやはり水平伝播です。

 

  薬剤耐性菌誕生のメカニズム

 水平伝播の好例は、まず薬剤耐性菌です。病院内や介護施設などで、集団感染が起きて一般ニュースとして報道されることがあります。では細菌はどのようなメカニズムでこうした耐性を獲得するのでしょう。

抗生物質の始まりは、合成抗菌剤サルファ剤に続く、周知の青カビの成分から抽出された「ペニシリン」でした。これで有史以来、人類を苦しめてきた感染症から解放されるはずでした。しかし世界にペニシリンが普及する頃にはすでに耐性菌が出現したのです。

 考えてみますと、人類よりも遥か以前から、細菌は地球上に存在していましたから、青カビに自己増殖を阻害する物質があることを、人間よりも先に「知っていた」のです。自然界にはほかにも細菌の増殖を阻害する物質が、ほぼ無限という種類存在するでしょう。細菌はそれらに囲まれながらも自己保存し、増殖する機能を備えてきました。400万年前の洞窟やシベリアの永久凍土から採取された細菌も、すでにこうした薬剤耐性を獲得し得る防御機能を備えていたことが明らかにされています。

 細菌側からすれば薬剤は毒物ですから、これを防ぐメカニズムを備えているのですが、それは科学者なみの論理性をもっています。まずは外膜を変化させて毒物の進入を防ぎます。それから作用点を変化せます。いわば細菌にとっての天敵である抗生物質は、細胞壁の鍵を開けて内部へ侵入してきますから、その鍵穴の形態を変えるわけです。それでも進入されたら、ポンプ機能で排出する。困難なら毒物を化学分解する。そして二度と進入されないように外膜の外側にバイオフィルムを張るなどの方法です。

 つぎに最初の固体が偶然獲得したと思われるこのような薬剤耐性のメカニズムを、どのようにして保存して他の固体に伝達するのかとうことです。まずひとつの系統は、染色体内のDNAに記憶され、細胞分裂の際に母細胞から娘細胞に垂直に伝播される通常の遺伝です。これは正確に伝えられます。しかしこの方法ですと、薬剤耐性菌が一定数になるには時間がかかります。むしろその前に、この系統は淘汰されるかもしれません。事実、薬剤耐性を得るために、どこかに無理が生じているのか、薬剤耐性菌は他の常在菌よりも増殖力が弱い傾向があります。

もうひとつの系統が水平伝播です。これには死滅した菌からDNAをとりこむ形質転換、あるいはウイルスによる持込を許す形質導入があります。しかしこれらの方法では、DNAは破損しているかもしれませんし、あやまって有害なDNAを取りこんでしまうかもしれません、あふれる情報によって被害を被るリスクがあります。そこで「接合」という方法で、隣の固体から直接DNAを注入してもらうのです。

これを可能にしているのがプラスミドです。細菌は染色体のほかにプラスミドという部分にDNAを持っています。これは増殖に関係しない部分ですから、ある程度自由に情報のやりとりができるわけです。

さらに細菌は、同種間だけではなく異種間でも遺伝情報のやり取りを行っています。実際に確認された異種間での水平伝播の好例は病原性大腸菌(O―157)でしょう。死亡者も出て、かつて日本社会を震撼させたことがありました。大腸菌自体は腸内細菌の中心で、通常は健康を阻害しません。しかし病原性大腸菌は内毒素を持っています。生きた状態で毒素を分泌することはありませんが、死滅すると内部から放出するのです。ゲノム解析の結果、この毒素を産生するDNA情報は、赤痢菌から水平伝播で獲得したことがわかったのです。

こうして垂直と水平両方向に薬剤耐性の情報が広がりますから、耐性菌が燃えあがるように広がるわけです。細菌側からしますと、外敵である抗生物質に対する集団免疫が獲得されるのです。

 人類の抗生物質開発は耐性菌との戦いでもあったわけですが、最後の切り札と考えられていたカルバペネム系抗菌薬にも耐性菌が発生しました。これは世界中の製薬業界にショックを与えたでしょう。それは第四世代といわる切り札に耐性菌が発生したことよりも、耐性菌が発生するメカニズムがおぼろげながら始めて見えたからではないでしょうか。それから30年間、新世代の抗生剤は発売されていませんし、また開発しているという情報もありません。

 製薬会社からしますと、開発費を回収する前に耐性菌が現れますから、製薬事業として成り立たないのでしょう。現在の医療では、治療よりも感染制御という予防が中心になってきました。

 

ウイルスとは何か、どこからきたのか?

 30億年ほど前に、地球上で有機物質が自然発生したことが、生物の起源とされています。この有機物質が同時にウイルスの起源ではないか。そうした思い込みをしがちですが、そうではありません。これまで述べてきました水平伝播のシステムをみなますと、細菌は同種間あるいは異種間でDNAあるいはRNAの受け渡しを頻繁に行っていることがわかります。水平に受け渡されるDNAのうち外被(エンベロープ)で包みこまれたものが、ウイルスだということです。「外被」というのは、「外膜」といえるほど完成された構造ではなく、いわば間に合わせ程度のタンパク質だからです。

たとえば私たちがリンゴをだれかに渡すとき、投げて渡すことはあまりありません。落として毀損することがあるからです。リンゴを傷つけない、もっとも確実な方法は緩衝材で包み、箱に入れて手渡すことです。この梱包は「外膜」といえるほど完成された構造です。しかしこの方法の欠点は、「コスト」がかかるうえに箱からの出し入れが煩雑だということです。その中間として、紙で包んで渡すことがあります。この包み紙が「外被」です。ウイルスのDNAは、このように紙で包まれたリンゴと同じです。

つまりウイルスは、水平伝播のシステムの中で、裸では毀損されやすいDNAが外被で包まれるようになったものといえます。またウイルスは生物の断片といわれますから、生物が先でその後に断片としてウイルスが発生したのだろうということです。

ウイルスは動物だけではなく、細菌や植物に感染するものも多く存在しています。そして土壌・水中・空中など、どこにでも存在しています。存在できる時間が短いとしても、生命体内で増殖していくらでも排出され続けられていますから、尽きることはないのです。

では私たちが感染するウイルスと感染しないものがあるのはなぜでしょうか。それはそれらのウイルスとの親和性があるかどうかで決まります。つまりウイルスは、人体の細胞を破壊して進入するわけではなく、親和性があるからそこから入るのです。言い方をかえますと、宿主側の細胞がウイルスを受け入れているわけです。細胞が破壊されるのは、侵入した後から宿主の細部をのっとりウイルス自体が自己増殖するからです。

反対にヒトには感染しないということは、私たちの身体を構成する細胞のどの部分にも、もはや親和性によって結合できる箇所がないのです。もうひとつの可能性は、かつて親和性はあったが、免疫が完成して親和性のある細胞に近づく前に潰されるからです。

 

ウイルスと宿主の親和性

親和性と感染について、馴染みのあるインフルエンザウイルスを例にもう少し説明しましょう。人間に感染するインフルエンザウイルスには、A型・B型・C型の3つのタイプがあります。このうちC型は鼻水程度で終わりますから、普通のカゼと同じ扱いでほとんど話題にも上りません。A型とB型のうち、サブタイプが多いのがA型です。一般ニュース記事でも「H1N1」など、HとNに枝番を振って、サブタイプを表わすことがあります。この「H」と「N」は、それぞれヘマグルチニンとノイラミダーゼの頭文字で、ウイルス外被上のタンパク質を表しています。このタンパク質とくに「H」が、どの生物種に感染できるかを決めます。すなわち気道粘膜がこの「H」と親和性があればウイルスは細胞内部に入ります。そして増殖したあと「N」を使って細胞から出て、また隣の細胞で同じことを繰り返します。つまり発病するのです。

「H」が16種と「N」が9種知られています。単純な組み合わせは合計144種にのぼります。加えてインフルエンザウイルスはヒト・ブタ・トリの間を行き来する性質がありますから、たとえば飼育されているブタやニワトリにインフルエンザが流行し大量に死亡しますと、社会は過敏になり食肉を食べることも控える人々が現れる傾向があります。

しかし必ずしもヒトに感染するわけではありません。それは「H」とヒト細胞の親和性によるわけです。

実際に過去1世紀の間にパンデミックを起こしたのは、次の3つの組み合わせだけでした。すなわち1918年のスペイン風邪・1972年のソ連風邪それに2009年の新型インフルエンザはH1N1で、1957年のアジア風邪はH2N2で1968年の香港風邪はH3N2でした。

ウイルスは変異を起こしますから、このパターン以外の流行は過去100年間なかったからといって、今後もないとはいえませんが、ヒトの細胞と親和性があるのは「H」16種のうち3種だけだということです。

ですからブタやニワトリが大量死亡するような強力なインフルエンザウイルスだとしても、「H」に親和性がなければヒトには感染しないということです。

さてまとめますと、シシ神のあの「寄せ集め」を可能にしているのは、ウイルスによる水平伝播と、ウイルスの外被を構成するタンパク質と、シシ神の細胞に親和性があるからなのです。