少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

80・2.0の壁とは

 下図は世界の181の国と地域の平均寿命と出生率の関係を見たものです。「強い負の相関関係(相関係数=-0.81891)」がみられます。いうなれば平均寿命と出生率は反比例するのです。つまり平均寿命が長くなれば、出生率は下がるということです。

平均寿命:WHOによる推計値 2019年  出生率世界銀行2020年

 欧州や日本などの先進国では、出生率を上げる政策が、反対にサハラ砂漠以南のアフリカでは産児制限策がそれぞれ取られています。そうした政策の影響を越えて、平均寿命が出生率に最も大きな影響を与えていると言えるでしょう。

 こうした平均寿命と出生率の反比例関係は、日本における戦後から今日までの人口動態を時系列でみても、同じ傾向を示しています。すなわち多産多死から少産少死への人口転換です。これは産む子ども数を減らして大切に育てるから、乳児死亡率が下がったというよりも、社会が豊かになり衛生や栄養それに医療制度の改善によって、乳児死亡率が下がり、多くの子を産まなくても、子は育つようになったということです。因果関係の順に並べ替えますと、少産少死ではなく、少死少産なのです。

世界は3つのグループにわけられる。

さてここで、世界の国々を平均寿命の長さによって、80才代・70才代・60才代以下と、3つのグループに分けてみましょう。そしてそれぞれ、LE80s・LE70s・LE60sと表記します(LE;life expectancy)。

なぜ3つのグループかと言いますと、平均寿命が90才を超える国は存在しませんし、今世紀初頭には30才代の国々がアフリカ南部内陸に一部存在していましたが、これらの地域でも50才代まで改善しています。平均寿命がいまだ60才に満たない国は、10ヶ国以下ですから、残りの概ね95%の国々の平均寿命は、60才から80才代に分布しているのです。

また政治的にも経済的にも世界は、2つでも4つでもなく、3つに分けられることが多いでしょう。たとえば世界冷戦の時代は、第3世界といわれるグループがありました。第1と第2はそれぞれ西側・NATOと東側・ワルシャワ条約機構を指していますが、そのどちらにも属さないグループのことでした。また現代においても、産業構造や経済規模から、高度先進国・新興工業国・開発途上国とに分けらます。これらはまたG7・BRICs・グローバルサウスと重複する部分があります。この分類でグローバルサウスの政治・経済的な定義があいまいなのですが、人口動態からいえば明確で、LE60sです。同じようにG7・BRICsに代表される国々は、それぞれLE80s・LE70sに属しています。つまり平均寿命は、その国の経済規模あるいは一人あたりのGDPといった所得水準との関係が深いことを示唆しています。

ところで、BRICsの“S”はもともと複数形の意味でしたが、今日では南アフリカを指す場合もあります。しかしながら、ウクライナ戦争をめぐる政治的なスタンスはともかく、人口動態的には、平均寿命が65.3才ですから、やはりLE60sでしょう。もうひとつの外れ値を示しているのは米国です。かの国の平均寿命は78.5才で出生率は1.638です。中国はそれぞれ77.4と1.7ですから、似かよっています。人口動態から見ますと、米国はLE70sに入りますから、BRICsは米国を加えてBRICAsになるでしょう。

米国経済は、中国に追い上げられているとはいえ、いまだにGDP比では世界の22%を占める世界1の規模で、かつ世界1の医療費を使いながら、いまだにLE80sに入れていません。そこには何か、私たちが反面教師とすべき、人間を幸福にしない構造があるのでしょう。

寿命が伸びれば出生率は下がる

さてここまで、世界の国々は平均寿命の長さによって3つのグループに分けられる。そして寿命の長さは所得水準と関係がありそうだということを述べてきました。

つぎの傾向として、寿命が伸びるに従い、出生率が落ちて来るという現象があります。散布図をみても、あたかも流星群墜落の軌跡のようです。かつての恐竜絶滅の原因として、「隕石の衝突」が一説としてありますが、人類は少子化・無産化によって、先進国から順に自ら墜落して消滅するかのようにも見えます。

寿命が伸びるに従い、出生率が落ちる。これは地域・民族・宗教に関係なく、同じ傾向を示しています。具体的には、LE60sでは出生率は3.0以上ですが、LE70sになるとそれを下回り、70sも後半に達すると、やがて2.0を切っています。そしてついにLE80sになると、あらゆる対策をうっても2.0を超えることができていないのです。

たとえば、少子化対策に早期から取り組んで来たフランスでは、過去20年の間に、2.0を超えたことがありました。またスウェーデンでもそこに迫りました。しかし、2.0はガラスの天井で、安定的に超えることはできていません。平均寿命が80才を越えると、出生率は2.0を超えられない。これが80・2.0の壁です。この壁を越えている唯一の国がイスラエルです。平均寿命は82.6才で出生率は2.9と、余裕を持って越えています。イスラエルが特異的な国であるにせよ、壁を越えている国が存在していることは、日本にとっても有効な少子化対策が見つかる可能性があるということでしょう。

さてその日本の、戦後から今日までの人口動態をふりかえりましょう。年間の出生数が最高で270万人に達した戦後ベビーブームの頃は、日本人の平均寿命は50才代でしたから、LE60sです。そして出生率は4.0を越えていましたから、現在のサハラ砂漠以南のアフリカと同じ人口動態です。そこから新興工業国として経済高度成長に突入するにしたがい、平均寿命は伸び、反対に出生率は2.0に向けて急低下しました。現代のLE70sと同じです。そして1975年に、出生率は2.0を切って1.91になりました。その年の平均寿命は、男性で71.7才・女性76.9才でした。LE70sの後半です。ここから20年経過した95年あたりからLE80sに突入し、世界に先駆けて80・2.0の壁を発見したのです。

OECDは “老人クラブ

日本は壁の前で、茫然もしくは右往左往して“失われた30年”を過ごしました。その間に他の国々は、日本と同じような経過をたどり、新興工業国から先進国に発展してきました。80年代を通じて日米欧24カ国のみだったOECD経済協力開発機構)の加盟国は、2022年には38カ国に増えています。このうち31カ国がLE80s になり、80・2.0の壁に突き当たっているのです。かつて“金持ちクラブ”といわれたOECD加盟国は、今や“老人クラブ”ですから、OECDへの加盟申請が出されたら平均寿命だけ見て審査することが可能でしょう。LE80sなら合格です。高齢化が進んでいれば、間違いなく所得が高い高度先進国です。また内政も安定しているでしょう。それと同時に、出生率は2.0を切り、少子高齢化の流れにのっているはずです。 

人口大国のBRICsも、経済発展の程度にあわせてLE70sの後半に入り、それにともない出生率は低下しています。インドの出生率が2.18と、同国の乳児死亡率を勘案しますと、かろうじて人口置換水準にありますが、中国はすでに人口減少が始まったと報道されています。また、他の国々もすでに2.0を切っていますから、80・2.0の壁が見えているはずです。さらに、 かつての人口増加地帯であった東南アジアやラテンアメリカでも寿命の伸びとともに、出生率は低下傾向になっています。現在人口爆発が続いているのは、アフリカのLE60sの中のニジェールソマリアコンゴを始めとする10ヶ国程度の国々のみです。しかも人口が10年で倍増しているのは、これらの国々の都市部だということです。世界の人口は80億人を超えましたが、さらに緩やかに増加しているのは、これら世界の5%の国々の牽引力が強いからです。

これら5%の国々にとっての80・2.0の壁はまだまだ遠いでしょう。なぜなら、所得を増やして少なくともLE70sの後半に到達しなければいけないからです。