少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

森から噴き出たバイオ・ハザード

首を飛ばされたデイダラボッチの体内から流れ出たドロドロした液体に触れた者はすぐ死に、コダマたちも次つぎに木から落下して息絶えた様子でした。まるでシシ神がタタリ神になり、人間どもを呪っているか、あるいは森全体の滅びの呪文を唱えたかのようにも見えます。しかしこれはバイオ・ハザードでしょう。

バイオ・ハザードは大学や研究施設などから、厳重に管理されていたはずの病原性細菌やウイルスが漏れ出たことによる「病原体による汚染」のことです。「放射性物質による汚染」によく似ていますが、決定的に違うのは放射能は発生源からの距離と時間によって減衰するのに対して、バイオ・ハザードを起こす病原体は爆発的な自己増殖能を備えていますから、条件さえ満たされれば、わずか1個体が地球全体に拡散するという点です。

まとまった広さの森林は、やはり細菌やウイルスを生態系の中に閉じ込めています。そして森林全体の動物の数をバランス良く制御して生態系の恒常性を保つ役割があります。

細菌やウイルスは動物のみならず、植物の分布にも大きな影響を与えています。つまり植物も繁殖し過ぎると密度が上がりますから、やはり「病気」になるのです。

たとえば農地は限られていますから、そこから多くの収穫を得ようと、種や苗の密度を上げると枯れる、あるいは実を結ばないということが起きます。歴史的に有名なのが、19世紀のアイルランドで起きたジャガイモ飢饉です。主食だったジャガイモが、作物の疫病によって土中で腐りました。このことによる餓死と北米への移住で人口の20%もが失われたのです。

また19世紀の終わり頃に、タバコモザイク病という農作物の病原体としてウイルス研究が始まりました。この病原体は細菌濾過器を通過するため微小細菌あるいは液体かともいわれましたが、電子顕微鏡の発明でその姿を捉えたのでした。このあとウイルス全般にわたり家畜や人間への病原体として研究がすすめられてきました。

さてシシ神の夜の姿であるデイダラボッチは、森そのものですから、無限の微生物やウイルスを内包しています。その首が飛ばされたということは、研究施設に大きな穴が開いたことと同じですから、病原体は黒いドロドロに混じって一気に放出さます。ドロドロに見えるのは、気体の中に液体や固体の微粒子が混在するからで、エアゾルともいわれます。

デイダラボッチが探しまわった首は、森の生態系と物理的構造の崩壊を止める栓(せん)だったのです。栓が飛んで森が崩壊しますと、それまで森の動物に寄生していたウイルスは新しい宿主を探さなければいけません。残されたのは人間とその家畜だけですから、一斉にそこに向かうでしょう。そして親和性があれば感染するのです。反対に親和性がない大半のウイルス群は霧のように流れ去るわけです。

 ナゴウイルスはアシタカが感染していますからヒトへの親和性があり、シシ神退治に来たジバシリ・師匠連それに唐傘連に降り注ぎました。彼らは自らの行いがシシ神の怒りに触れたという恐怖心に襲われ、走って逃げようとします。つまり交感神経が刺激されて、アドレナリン産生が亢進(こうしん)している状態ですから、ナゴウイルスに感染しますと、アドレナリが過剰になり心臓は暴走し即死しました。

一方で同じ状況にありながら助かった人たちがいました。まずアシタカとサンです。2人は感染しましたが、怒りや恐怖に翻弄されていたわけではなく、また若年者ですから心臓も丈夫だったのでしょう意識を失いましたが助かりました。またジコ坊とエボシも難を逃れています。この2人も冷静沈着で情動に翻弄されることがない共通点があります。

そのほかタタラ場の人々も助かりました。これは「湖に入れ、呪いの進行が遅くなる」というアシタカのアドバイスが効いたからでしょう。ナゴウイルスは、接触と空気感染ですから正しい知見です。

そのほかでは山犬も感染していません。これは「タタリなどもらうものじゃないよ。」というモロの強い戒めによるものではなく、単にウイルスとの親和性がなかったからでしょう。