少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

有効な少子化対策はあるか?

 2023年4月に、財源は後回しで「子ども家庭庁」が発足しました。「子」作りより、「庁」作りが目的ではないかのかというデジャブ―感がありますが、一方には大真面目に少子化対策に取り組んできた国々も多くあります。

 やはり陸続きの国々では、自国民の減少は他国あるいは他民族の支配を受けるという危機感が、DNAに染み込んでいるのかと思うほどです。しかしながらほんの一部の特殊な例を除けば、うまくいったケースは見当たりません。 

 具体的にみてゆきましょう。まず世界で出生率が比較的に高い4か国の、近年20年間の出世率推移を示します。

出生率データ:2020年 WHO 

このなかでヨーロッパ2カ国は、少子化対策のお手本としてよく引き合いにだされますが、こうした視点からの中東の2カ国はあまり馴染みがないかもしれません。

 ところで、日本の第1次ベビーブームなみの、出世率4.0以上の国は、現在の世界に35カ国あります(WHO 2020)。これらの国々はアフリカのサハラ砂漠以南を中心に分布しています。しかしながら平均寿命がおおむね60才代と短いのです。

 さて出生率は平均寿命と2軸でとらえなければ、方向性を失い藪に迷い込んでしまうでしょう。なぜならいま課題にしている「少子高齢化」は、このふたつのパラメーターの合成だからです。現在の先進国の平均寿命は、おおむね80才代です。この基準を超えていて、かつ出生率が過去20年間も2.0を超えているのが、イスラエルとクエートの2カ国だけなのです。このふたつの国は、中東に位置していますが、民族的にも宗教的にも対象的です。日本にとっての少子化対策のヒントがあるか、みてみましょう。

   

兵役免除で少子化は改善? イスラエルの場合

 まず際立って高い出生率を維持しているのが、イスラエルです。その少子化対策で、特異的なのは、「子どもを2人産めば、兵役免除」という事項でしょう。日本では徴兵制がありませんから適用できませんが、同じように少子化問題を抱えている韓国や北朝鮮・ロシアなら実施可能ですが、効果は不明です。なぜなら家族制度の背景となる民族の歴史がまったく異なるからです。

 ユダヤ人は、周知のとおり2千年間にわたり世界に離散し、ホロコーストの危機を経験しています。世界に離散してしまえば、いくらモーゼが復活しても、統率のしようがありません。では、彼らは、どのようにして民族性を保ちえたのか。それはユダヤ教と家族ではなかったかと考えられます。

2千年間も世界に離散して、混血を繰り返せば、見た目はそれぞれ異なります。しかしユダヤ人とは、ユダヤ教の洗礼を受けた人のことですから、見た目はヨーロッパ系でも、アラブ系でも、またはアフリカ系でも関係ないのです。またヘブライ語の聖書を読み継ぐことによって、民族の言語も維持されます。言語は、もっともと言って良いほどに精神形成に大きな役割を果たしますから、民族性が保たれたのでしょう。

一方では、どれほど離散しても家族単位で移動し、「家族」が最小単位として重要だったでしょう。 またユダヤ教は、聖書の一説についても、自ら考えることを習慣としているようです。一例を挙げましょう。

赤信号みんなで渡れば怖くない

 これは80年代のギャグで、日本人としての私は、笑いました。しかしユダヤ脳で考えますと、笑わないでしょう。それは、もっとも避けるべきことだからです。

 なぜなら、みんなで渡っているときに、不注意であれ故意であれ、もし大型トラックが突っ込んできたら、全滅するからです。どうしても危ない橋を渡らなければいけないのなら、ひとりずつ渡るのが、一家全滅を避ける方法ではないでしょうか。

 ともかくもユダヤ人は、たとえ核家族で住んでいても、教会への参列のみならず、日常的な、だれかの誕生日などにも家族単位で集まり、お互いの無事を確認する習慣が、現在のイスラエルにも根付いているようです。

 また為政者も、民衆の土台の上に、自分の家族の栄華を築こうとはしないでしょう。なぜなら。民族集団でなければ、自らの家族だけでは、いくら財を築いても生き残るのは困難であることを、2千年かけて学んでいるはずだからです。(もっともこうした民族主義が、パレスチナとの争いに拍車をかけている面もありますが、テーマが異なりますから、ここではとりあげません。)

さて、こうした家族を拠り所とするベースがあっての少子対策の一つが、「兵役の免除」ですから、それだけ抜き出してみても、効果は未知数なのです。

 

「一夫多妻」で子どもは増えるか? クエートの場合

クエートは、周知のとおりペルシャ湾に面した、日本の四国ほどの面積の国です。内陸側ではイラクサウジアラビアと国境を接しています。産油国で国民のほとんどは国営企業に勤務するいわば公務員です。国民に人気のない仕事には、近隣あるいは南アジアからの労働者が就いています。

 オイルマネーをベースにして、医療や教育費はほぼ無料、しかもイスラム教国ですから、一夫多妻で4人の妻をもつことが許されています。日本で少子化の原因と言われる、低賃金で高負担・教育費の高騰に恋愛力の低下?などが、ほぼすべて解決されているかのように見えます。

 ではクエートは子沢山かといいますと、そうでもないようです。2020年の集計で出生率は、かろうじて2.0をキープはしていますが、右肩下がりのトレンドです。一夫多妻といいますと、男尊女卑を宗としているように見えるかもしれませんが、そうではないでしょう。

私たち日本人には、タリバンやISなど、イスラム教についての偏った情報しかありませんから、ここで少し、イスラム教にふれましょう。幼くして両親を亡くした預言者ムハンマドは、祖父や叔父の手で商人として育てられました。そして25才の時に大商家の未亡人と結婚します。妻は40才でした。いきさつはわかりませんが、ある時期に洞窟に籠ります。そして神の預言を受け取ったのです。最初に信者になったのは妻でした。

 キリスト教や仏教の初期の信者たちが男性であったのとは対象的です。そしてさまざまことが規定されているイスラム法の中に、「4人の妻をもって、平等に愛せよ。」という神の声を入れたのです。現在の日本ですと、高所得者は高額納税し、政府が他の家庭に再配分する方式をとっていますが、当時の王侯は、税を贅沢や戦費に流用する傾向があることを神は見抜いていたのでしょうか、富める者は直接的に複数の妻子を扶養するよう告げたのでした。

一方の旧約聖書に登場する神も「産めよ増やせよ、地に満ちよ。」と告げていますから、双方の神ともに、現世における少子化の進行を、お怒りのことでしょう。

さて、生身の人間にとって、4人の妻を持つことは可能でしょうが、「平等に愛せよ」が困難でしょう。クエートの人たちは、複数の妻たちと同じ屋根の下で暮らしているのかとうと、かならずしもそうではないようです。たまたまコラムで読んだ、当地の男性は2人の妻それぞれに1人の子どもがいると言っていました。結局のところ男性側から見ますと合計2人ですが、女性側からですと、一人っ子で出生率1.0です。しかも、妻たちは別々のマンションに住み、男性は行ったり来たりしていたのが、コロナのパンデミックで、クエートもやはりステイホーム政策をとったようですが、どっちがホームか悩んだということでした。

結局のところ、日本でいう本宅と別宅の二股、あるいはそれに行き詰まり、離婚前の状態と同じでしょう。少子化対策としての一夫多妻制は、居酒屋談義レベルではありますが、戸籍法や民法・刑法を改正して実施したとしても、騒動の割に効果は乏しいかもしれません。

 なぜなら日本では複数の異性との並列での結婚は禁止されていますが、直列は問題ありません。それを踏まえて、いわば時間差・一夫多妻あるいは一妻多夫制はすでに実施されていますが、少子化は止っていないからです。