少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

あれから40年後の「サザエさん一家」

磯野家にも年波は押し寄せる。

 「サザエさん」原作から今日までは、すでに60年以上経過していますが、それですと波平とフネは鬼籍に入り気の毒ですから、40年経過して、一家は今も、そのままあの家にいると仮定しましょう。さて、あの人は今を想像してみます。

 

・磯野 波平 94才 要介護2

 55才で定年退職した波平は、60才から年金をもらい始めました。還暦も祝ってもらい60才にして立派な「ご隠居さん」だったのです。かつて「盆栽5年・掛け軸3年・石1年」などという悪口を言う人がいました。その心は、盆栽の手入れが日課になれば余命あと5年・掛け軸に興味が行くと3年・集めた石を縁側で磨き出すといよいよ1年という意味でした。波平も、退職後とはそうしたものだとは思っていましたが、なんとか70才までは生きたいと願っていたのです。

しかし、盆栽5年どころか、庭先に植えた木が、枝ぶりの良い大木に育つくらい、ご隠居生活は長くなりました。 

 とはいえ、いつの間にか波平にも、磯の波ならぬ年波が押し寄せてきました。壁を伝うか杖がないと、ときどき足がふらつくようになり、近くのデイサービスに通うようになっていました。ところが最近、夜中に「会社に行く」とカバンを持って家を出ることがありました。カバンを隠すと、昔の口癖で「ばかもーん」と怒鳴るのです。

 サザエとしては、なるべく家で面倒みたいという気持ちでいますが、ケアマネージャーと、介護保険の区分変更申請をして、施設に入居させるかどうか検討しているところです。

磯野フネ 90才 要介護1

フネはサザエがパートに出るようになってから、家事をぼつぼつやっていました。買い物は家にいる誰かをお使いに出していましたから、無理な仕事でもありませんでした。ところが昨年、何にもない家の中で後ろをちょっと振り返った時に転んでしまいました。動けなくなくなって救急車で病院に運ばれて、左大腿骨頸部骨折と診断されました。それで人工骨頭を入れる手術を受けたのでした。

 今では、家の中は何もなしで、外はシルバーカーで自立して歩けるようになっています。介護認定も出ているし、近所の人もいるからと、デイサービスを勧められていますが、「まだ早い」と首を縦に振りません。

磯野カツオ 51才 バツ1

 カツオは30才の時にツブと結婚しました。磯野家に同居して、長女のニナが生まれました。その頃までは、ツブも磯野家に馴染んでくれているように見えました。ところが次女のシジミが生まれたあたりから、サザエとの折り合いが悪くなってきたのです。サザエもおせっかいなだけで、ツブに文句をつけているわけではなかったのですが、ツブにしてみれば、箸の上げ下ろしまで、とやく言わると感じたようです。折り合いの悪さとは、そうしたものなのでしょう。

 2人の板挟みになったカツオは磯野家を出ることにしました。しかし、数年後に離婚してカツオ単独で磯野家に戻ってきたのです。夫婦の間に何があったのか、当人たち以外には分かりません。

 カツオは2人の娘たちの養育費の支払いを約束していますから、おカネの流れでは、磯野家に単身赴任状態です。娘たちは学費がかかる大学生と高校生ですので、カツオには経済的な余裕はほとんどありません。

 ニナとシジミが揃って磯野家にやってきて、みんなを笑顔にすることはありますが、当然ながら、ツブは一度も来たことがありません。

ワカメ49才 会社員

 ワカメは大学を卒業したあと、波平が務めてた山川商事に就職しました。波平のコネというよりも、単なる偶然でした。そこでの取引相手先の社員で、外国人のサーモンと29才の時に結婚し、高校生の娘ヒジキがいます。ワカメによると、サーモンは子どもころに両親が離婚し、母との二人家庭で育ったらしく、磯野家の大家族が気に入っていますが、国外への出張が多い生活ぶりでした。しかし新型コロナ・パンデミックのあとは、在宅勤務が増えて、出張はめっきりと少なくなってきました。日本語もだいぶ理解できるようになって、ますます磯野家に溶け込んでいます。

フグ田マスオ68才 年金生活

 マスオは定年退職後にも雇用延長で働いていましたが、65才から年金生活に入りました。海山商事で課長まで昇進しましたから、退職金も人並以上で、これからの生活に特段の経済的な問題はありませんでした。

大学時代の友人が経営する会社から手伝ってくれないか、との誘いもありますが、これまで家のことをあまりしなかったので、波平とフネの病院通いや、買い物などを手伝うようになりました。また頼まれると断れない性格で、自治会の役員なども受けて、家でゴロゴロというわけではありません。

フグ田サザエ 64才 介護ヘルパー

 サザエは、近隣の老人施設でパートタイムの仕事をしています。もともと世話好きで、ボランティアとして出入りしていたのですが、いつの間にか職員になっていました。サザエも年金受給が可能ではありますが、家のことはなんとかなっているから、元気なうちにもう少し働きたいと、考えています。

フグ田タラオ 43才 非正規労働者 独身

 タラオが大学を卒業したころには、就職氷河期も終わりつつあり、なんとか就職を果たしました。仕事は、不動産会社で、営業ではありませんでしたが、サブリースと言われる物件を扱っていて、大家とのもめごとが尽きませんでした。社会情勢の影響で、大家が損失を被ることはあるのでしょうが、「だまされた。」という苦情の処理を繰り返しているうちに、祖父母のような高齢者の勘違いや時によっては強欲に付け込んでいるような気がしてきました。

 家族の励ましもありましたが、30才のころに辞職しました。それから非正規雇用でいくつかの会社を転々としています。収入は半減しましたが、生活には困らず、明るくなんとなく暮らしています。両親から、結婚の催促がありましたが、40を過ぎたあたりから、もう誰も縁談を持ち込まなくなりました。

大家族は経済的で孤立感も少ない。

物語の中では磯野家のみなさんは、いつまでもあの日のまま幸せに暮らしていますが、月日の流れとは、時に残酷なものです。彼ら、それぞれの現在は、高齢・離婚・中年独身など、平均的によくみられている姿で、特に偏っ脚色ではないでしょう。

 さて、磯野家を振り返りますと、合計7人から、サーモンとヒジキが加わり、9人家族になっています。グループホームの1単位と同じ人員です。サザエも実質的には、年金受給者になれますから、9人家族のうち4人が年金生活者ということになります。シジミはまだ教育期ですから、就労しているのは、9人中の4人です。

 まだ厚生年金や国民年金の制度がなかった戦前で、家族内扶養だとしたら、おカネの流れはどうなるでしょう。現在の年金支給額は標準家庭で夫婦で21万円とされていますから、磯野家には42万円が支給されます。これを家庭内で分担するとなりますと、タラオ2万円・カツオ5万円・ワカメとサーモン夫妻で残り35万円くらいの負担になるでしょう。勤め先からして、年収はワカメ700万円・サーモン1200万円のパワーカプルですから、ここに負担は集中します。

 年金制度がある現在でも、ワカメ夫妻に税と社会保障費の負担は集中します。しかもこの夫妻は家庭収入が高いからと、ヒジキの高校学費支援から除外されます。

 ところで、波平とフネは90才を越えていますから、各世代30才平均で子どもを産むと、ひ孫がいて4世代が同居しているはずですが、タラオは未婚です。つまり磯野家は、いまや無子高齢化に向かっています。したがって、昔ながらの家庭内扶養であれ、あるいは現在の公的年金制度であれ、ワカメ夫妻が家にとどまったとしても、磯野家の持続性は乏しいという結論になります。

 磯野家のように同居しているわけではありませんが、こうした家族を寄せ集めたのが社会ですから、現在の少子化社会の縮図が磯野家にみられています。

 磯野家の救いは、9人家族ですから、生活費の負担割合はわかりませんが、単純に計算して、9の平方根で3になります。つまり9人合計してひとり暮しの3人分とオ、それからワカメたちと、フグ田家のそれぞれの核家族です。生活費は3人いうというコストダウンでしょう。

 通常、こうした大所帯は3つに分かれています。まず波平・フネに離婚したカツ世帯が3つですから、3の平方根1.7の3倍で、5.1になります。経済的な問題だけではなく、カツオが老いた両親の面倒をみることになります。その代わり、経済的には両親の年金に支えられるかも知れません。家計を回せたとしても、孤立した印象が強い家庭です。

 こうしたことから、大家族で暮らすことが、経済的であり、また助け合いの基本単位ですから、子育てのみならず、介護面でも施設に行かず、なるべく自宅で過ごすことが可能になるでしょう。

さて現在も、大家族はいます。保育園からの送り迎えや、孫の見守りを祖父母がしてくれますから、夫婦ともに十分に働けます。しかしこの家族形態が主流にならないのは、まずは住宅問題でしょう。人口密度が高いと、家庭内でも紛争の元になります。住宅は余っているとは言いますが、それは古いアパート群で、3世代が同居できる住居は、買うにせよ、借りるにせよ簡単ではないのです。

 それからもうひとつは、以下に示す古典的な難問です。

ありがたかきもの舅にほめらるる婿また姑に思はるる嫁の君

      『枕草子清少納言

《現代語訳》

「ありがたきもの」とはめったにないものという意味。つまり、舅(波平)にほめられる婿(マスオ)や姑(サザエ)に思われる嫁(ツブ)などめったにお目にかかれない。(血のつながらないものどうしが家族になっていくということは、それほど難しいことなのだ。)という意味とされています。

 しかし、この難問をまる飲みした家庭は、一定数存在するわけですから、こうした家族に、子育て支援で話題になったN分N乗での、所得税減税や固定資産税の減税を実施してサポートするのはいい考えではないでしょうか。

 たとえば、磯野家は住宅は東京都内で平屋ですから、これを建て替える時期に来てきているでしょう。敷地も広いようですから、資産価値も高く、建て替えのための融資は付きやすいでしょう。固定資産税の高さに頭を痛めているでしょうから、こうした税をまず、N分N乗で、居住者の人数で割り引くということです。

 大家族の支援は、子育てのみならず、高齢者介護にも、良い効果があると思われるのです。しかも減税ですから、直接的にほかの誰かの負担になる財源は必要ないのです。