少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

生涯所得<生涯支出

生涯の前半と後半は世代間扶養

人生100年時代」というのは、まだ少し大げさでしょう。「人生100年」は資産運用の枕言葉で、書いているのはたいてい証券会社か銀行あるいは、年金給付を先延ばししたい年金機構の広告と思ってまちがいないでしょう。

 とはいえ、寿命がますます伸びているのは間違いありません。平均寿命は男性81才・女性87才ですが、いくつで亡くなる人が最も多いのかという「死亡者ピーク年令」は、男性87才・女性92才です(厚労省 2021年)。概ね90才くらいまでは生きるということです。実際に親戚や近隣をみても、90才代で元気な方は珍しくありません。

 90年も生きるとして、生活費をだれが賄ってくれるのかと言いますと、基本的には自分で稼ぐ必要があります。しかしながら、老後資金を用意できる人はいても、養育・教育費を持って生まれて来た人はいません。たしかに、西洋には「銀のサジをくわえて生まれて来た。」という言い方があります。これは裕福な家庭の生まれてあることを表現しているのでしょうが、銀のサジは、生まれた後に与えられたもので、前の世代が手に入れた資産の一部を、生まれながらに受け継いだということでしょう。

働く期間よりも働かない期間の方が長くなった。



 さて私たち平均的な日本人が最初に与えられるのは、ステンレスのサジですが、それとて親が用意してくれたものです。やがて箸も併用して、よほどの事情がない限り高校卒業まで完全に保護者に扶養されます。やがて現役世代と言われる就労者になり自活しますが、退職後は、また子ども世代に扶養されます。しかしそれは、かつての学生時代に親からの仕送りを受けたのが、親子間で逆方向性に生活費が送りかえされるということではありません。もしそうですと、子どもの頃に親に食べされてもらった恩を、今度は老いた親に孝行して返すということですから、めでたし・めでたしの日本昔話ですが、そうではありません。退職後の主な収入源は老齢年金ですが、これが賦課方式といわれる世代間扶養で運営されているということです。

 では、なぜ世代間扶養が危うくなったのでしょうか? ステレオタイプの回答は、少子化だから、でしょう。しかしそれは間違ってはいませんが、解の一つにすぎません。もっと本質に近いのは、長生きするようになったからです。あらためて先の模式図をみていただくと、就労期世代の幅がもっとも広いのです老年期世代に比べて、厚みがないのです。押しなべていいますと、就労期世代は学年150万人世代であるのに対して、老年期は200万人世代を含んでいます。こうした人口構成になることは、遅くとも20年前には確定していたのです。なぜなら20年前の0才が現在の就労期の入口にいるからです。さらに現在の教育期世代は学年100万人ですから、20年後の人口構成は確定しています。予測はできても確定していないのは、その間の出生数のみということになります。さて現在の老年期は厚みに加えて、長寿化によって幅も持続的に広がり、かつ生活水準が上がっていますから、コメに味噌・しょうゆと衣服があれば人並というわけではないのです。だれしもが「退職後は人並にゆったり暮らしたい。」と希望しています。

それでは人並に暮らすために、生涯に何年間働くのか。個人差が大きいですが、年金の納付期間が40年になっていますから、その期間としましょう。世代間扶養の模式図での就労期は20才から65才までの45年間になっていますが、大学や大学院に進学すれば働き始めるのは遅くなりますが、雇用延長で65才程度まで、同じ職場に留まることが予測できますから、この就労期45年間のうち、40年間は働くだろうということです。

さてこの40年間の所得で、人生90年分の生活を賄わなければいけません。つまりは、生涯で働く期間よりも働かない期間の方が長くなったのです。

 生涯所得で生涯総支出を賄えない要因が、すでにここにありますが、具体的に見てみましょう。 

 さて生涯所得のデータはいくつかの機関が出していて複数ありますが、ここでは国税庁の報告を基に、独自に計算してみましょう。その方が実感があるはずです。たいていの人の所得の中心は給与でしょう。そのほかには、利子・配当所得や、転勤で自宅を賃貸に出している不動産収入もあるでしょうが、給与所得者で、そうしたことを生業としているわけではありませんから、収支は小遣い程度であることがほとんどでしょう。行政からの各種給付金も、収入を補足しているでしょうが、ここではそれも考慮していません。もっとも、行政からの給付金も元はといえば、私たちの税や社会保障費からの再配分ですから、社会全体で合計すれば利益ゼロです。

年間給与所得:国税庁(2021年) その他の数値:筆者が加工

子育てには平均以上の給与が必要

 さて、表の説明をしましょう。まず「男女カップル」とは、平均所得の男女がカップルになった場合を想定しています。合計で年収847万円ですから、パワーカップとまではいきませんが、若年層なら、まずまずの年収でしょう。それから「子ども1人で90年間で消費」とは、子どもを1人儲けたとして、その養育・教育費を賄うということです。つまりはかつて自分が育ててもらったツケを、子に支払った場合ということです。実際には未婚の母はいても、子ども産める父はいないですが、費用の計算上、「1人の子ども」という設定です。カップルですと、自動的に2人ということになります。

 「子どもなし、70年で消費」は、子ども儲けず、かつてのツケを踏み倒して逃げるということです。「三十六計逃げるに如かず。」ですから、策がなければ、煮詰まる前に逃げるのは悪い選択ではありません。この場合は、働き出したときから、自分の将来に対する支出ですが、給与所得者の場合は、年金は強制的に差し引かれますから、年金世代との扶養関係を逃れることはできません。

 ここで改めて、表を見てみましょう。まず女性平均302万円では、単身で今後の70年生活するとして、年間の生活費の平均は、129万円になります。実質的には、都市部の生活保護費と変わらないか、それ以下の金額です。つまりは憲法に詠われている「健康で文化的な最低限度の生活」が困難であるということです。

 「年収300万円」は、低賃金の代名詞でもあり、女性に限らず男性の非正規雇用者に多くいます。この年収での未婚率は高いことからも、自分の生涯生活費を賄えるかどうかの瀬戸際収入だということです。

 こうしてみますと、2人の子どもを持てそうなのは、ぎりぎり平均給与カップルだといえそうです。それぞれが平均収入ではなく、偏りがあったとしても、男女合計給与847万円が必要であることがうかがえます。

 国の制度をみても、所得830万円で児童手当の制限かかかりますし、910万円で高校就学支援金が打ち切られますから、やはり税引き前850万円あたりの所得が、自力で子どもを育てられるかどうかの、ボーダーラインなのでしょう。

学費に加えて習い事にスマホ

 表のカップルは、2人の子どもに年間平均282万円を支出しています。ひとりあたり141万円で、大学卒業までに3100万円の養育・教育費を拠出することになります。マンション一軒分ですが、これは現実的な金額かといいますと、よく言われるように国公立大学に通うか私学か、また自宅通学か自宅外かで大きく変わります。たとえば東京の私学に自宅外通学となれば、私立医歯薬ではなくても、そうかけ離れた金額ではないでしょう。

 それに加えて、子どもを育ててみればわかりますが、小学校も高学年になるころから、学習塾に加えて習い事が増えてきて、親の小遣い減額では間に合わなくなります。加えて、中学生になりますと、ゲームソフト代で困っていたのに、さらに高額なおもちゃであるスマホも要求されますから、けっこうな金額が必要になってきます。こどもひとりに年間141万円の支出は、計算上のたまたまの金額というよりも、生活感に近いかも知れません。

 このように子育てにおカネがかかるから、少子化が進行しているというのは、世代間扶養の一面を指摘していますが、あとの一面は寿命が長くなり、年金世代を支えながら、働けなくなった未来の自分にも仕送りしなければいけないということです。

 すなわち、平均的な生涯所得では、生涯の生活費を賄えないということです。それならばと奮起して、家計収入900万越えを目指すと、今度は行政からの子育て関連の給金金が打ち切られて、なおかつ税・社会報償費の支払いが増えますから、家計に引力が働いて浮上できない。こうして各家庭では、一人子「政策」ならぬ一人子「対策」がとられて、少子化は止まらず、めぐりめぐって世代間扶養も危うくなっているのでしょう。