少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

人口減少時代になぜ戦争? (2/2)

生存闘争は、異種間よりも同種間の方が激しい。同じ所に棲み、同じ物を求めているからだ。チャールズ・ダーウィン(種の起源より)

 前回からの続きです。さてスーダンニジェールで内乱が起きています。2年前にはマリでクーデターが起きました。これらの動乱の背景には、政治・宗教思想や経済面からのいろいろな解説が存在するでしょう。しかし人口動態の面からみますと、2度の世界大戦を始め、これまでの戦争との共通点があります。それは人口増加によるユースバルジが発生しているということです。アフリカのサハラ砂漠以南は、現在地球上でもっとも人口が爆発的増加を続けている地域です。出生率は、ニジェール6.7・マリ6.7・スーダン4.3と、世界の上位を占めています。反対に平均寿命はいずれの国も60才代です。出生率と平均寿命は、負の相関関係(反比例)を示している、下の散布図の左側に位置しています。

平均寿命:WHOによる推計値 2019年  出生率世界銀行2020年

紛争続きのパレスチナも、同じように人口増加地帯です。平均寿命が80才を越える先進国にあって、イスラエルだけが出生率2.9を保ち、人口が増え続けていました。パレスチナ人(この地域に住むアラブ系)の人口もまた、平均寿命は70才代で出生率は5.0以上を保ち、増加し続けています。いうなれば多産多死です。

ところで、ダーウインは、人間以外の多様な生物の観察の結果、表題に挙げた命題を得たのですが、このことはそのまま人間社会にもあてはまるでしょう。パレスチナという限られた土地の78%をイスラエル建国によって奪われ、残りの22%もイスラエルによる統治と入植によって囲いこまれたパレスチナ人の生存闘争が激しくなるのは、生物的な自己保存と種の保存の本能に根差していますから、報復する権利などと言っても、火に油です。国際社会で、もっともましな可決策が、もうすでに出されています。それは、2つの国家建設による安住の地をパレスチナ人に与える二国家解決(double state solution)です。今のところ、これを実行するしかないでしょうが、この案が国連で協議されると、イスラエルの意向を汲んだ米国が、拒否権を実行して潰すということが繰り返されています。ですから、このままでは、ハマスを壊滅させたとしても、他の勢力が勃興し生存闘争は継続していくでしょう。

 ガザをいったん無人化してイスラエルが占領したとしても、少なくともしばらくは、どこからともなくミサイルやドローンが飛来するでしょう。

ところで人口動態からは説明が付きにくいのは、ウクライナ戦争です。両国ともに、パレスチナから見れば広大な国土を有していますし、穀物も地下資源も、輸出するほど豊富です。また人口はむしろ減少傾向でした。ソビエト崩壊後の90年代のロシアは、経済の破綻により、国外への流出と平均寿命短縮と出生率低下によって人口は減少し続けました。プーチン大統領の時代に入り、かろうじて下げ止まっている状況です。一方のウクライナは、独立時の91年に5146万人だった人口は、2020年に4373万人になり、2023年現在は戦争中ですから、推計でいわれているのは、1800から1900万人程度だということです。この減少の要因でもっとも大きいのは国外への流出です。もっとも多い流出先はEU諸国ですが、ロシアにも500万人程度が避難しているようです。「悪のプーチンの国」に、ウクライナからのこれほどの避難民がいることからも、この戦争の背景は、日本のテレビが好きな「悪と正義の戦い」と単純化できるものではないのです。

 ではユースバルジ(youth bulge)が全くない戦争がこれほど、泥沼化しているのは、なぜでしょう。まともな仕事に就けず不満で感情が高ぶった多くの若者たちがいたとしても、かれらは徒手空拳で暴動を起こすだけです。戦争や紛争にエスカレートするのは、彼らに武器を与え煽る「戦争の親玉」がいるからです。

 ここでその「戦争の親玉」という曲を聴いてみましょう。ボブディランの有名な曲です。彼21才の1962年の作品で、背景には「キューバ危機」があったとされています。後にノーベル文学賞を受賞するだけあって、戦争の一面を鋭くえぐっています。

https://www.youtube.com/watch?v=myN_pqp6QBw

このウクライナ戦争の最も悲惨な犠牲者は、いわずと知れた非戦闘員の市民です。その裏には、はっきりと儲けた「親玉たち」がいます。なぜ死の商人らしく“こっそり“ではなく、“はっきり”なのかといいますと、企業の業績が公表され株価も上がり、隠し切れないからです。笑いが止まらないだろう主なセクターは、米国を中心とする兵器産業と、エネルギーや穀物メジャーです。この儲けから政治献金もあったでしょう。

 やっぱり戦争の親玉は米国にいるのか? という疑いが出てきます。ここで重要なのは、親玉は米国に潜んでいるということで、米国そのものではないということです。ユーチューブ(you tube)で見る限り、米国にも「ウクライナ戦争はすでに負けている。早く止めろ。」と根拠を挙げて公言している識者もいます。

 ウイルスのように米国に浸透して、国家を動かしいる勢力は、DS(deep state)とよばれることもあります。もともとは、DSというだけで、偏った思想をもつ陰謀論者というレッテルが張られていましたが、いまや現代用語になったようです。

 このように米国の世論が割れ、ウクライナ戦争は泥沼して、中東をプリンケン国務長官やバイデン大統領が訪問しても、パレスチナ紛争停戦への糸口すらもつかめない状況になっています。これは、冷戦崩壊以来、30年に渡って続いていた米国覇権・唯一のスパーパワー・パクス アメリカーナなど、言い方はいろいろですが、米国によるグローバル化と一極支配が限界を向え、多極化への流れが始まったといえるかも知れません。

 これはまた地球規模での人口動態からも見ても、必然的な転換点かも知れません。なぜなら世界中の人々は豊かに平穏に暮らしたいわですですが、それを実現した先進国では寿命が80才を越えると同時に、出生率イスラエルを除き2.0を切り、トレンドを延長しますと、民族が絶滅するのは時間の問題という「80・2.0の壁」に突き当たっているからです。確かに、グローバル化は様々な問題を噴出させながらも、人類全体の生活の底上げには貢献してきたでしょう。それは先進国が通った道ですから、すでに成功モデルはあります。しかしその先進国が「80・2.0の壁」の前で立ちすくんでいます。その先頭にいるのが、日本です。

 この壁を貫けるための答えは、各国の人々が、それぞれの宗教観・家族の在り方や文化というものを見つめ直して探すしかないでしょう。多極化と言っても、地域覇権国の台頭やブロック経済では、いつか来た道です。

 ただでさえ人口減少になる少子高齢化時代の、ウクライナ戦争やパレスチナ紛争を、人口動態から見ますと、「80・2.0の壁」を開くための、秩序ある多極化への産みの苦しみではないのかと思えるのです。