少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

ますます鮮明になる人口過密地帯と過疎地のコントラスト

「東京に来ないで下さい」

「毎日300万人が東京との往来があります。エッセルシャルワーカー以外は、東京に来ないでください。」

 これは、2021年の新型コロナパンデミック時の小池都知事の発言です。大きく報道されましたから、記憶に残っている方も多いでしょう。もちろんこれは、新規感染者を抑制するための呼びかけだったわけですが、行動制限がなくなった今も、東京都の本音かもしれません。なぜなら越境者は、都内での消費や生産には寄与しますが、住民税を支払わずに、上下水道や道路などのインフラを利用するからです。

 ともかくも、この発言の中に、現在の人口問題を解く上での3つの要素があります。まず「300万人の往来」それから「エッセンシャルワーカー」そして「東京に来ないでください。」です。

 コロナ禍でいまさらながらに多くの人が実感したのは、生活圏が都道府県の境を越えているということでしょう。生活圏とは、たとえば一日で日常的に往復できる時間距離としましょう。

 ところで2000年前後ごろ、公務員の「カラ残業・カラ出張」が問題になった時に、福岡県庁から前原市まで、おおよそ20㎞ほどの出張に、「一泊」の出張費が支払われていて、地元では大きく報道されたことがありました。しかしこれは、違法ではありませんでした。なぜなら明治期に当時の前原村への出張は一泊の距離とされて、それが100年間も改定されていなかったからです。たしかに、廃藩置県が実施された明治初期には、移動手段は徒歩か馬でしたから、日帰りの出張は、せいぜい20㎞が限界だったでしょう。 

 現在では20㎞の物理的な距離は、自動車や鉄道を使えば、1時間あれば十分でしょう。つまり時間距離は短縮しているのです。同じように東京駅や大阪駅まで一時間の時間距離であれば、通勤通学が可能ですから、20㎞をゆうに超えて生活圏は広がっています。

 つまり人々は、都道府県といった行政区割りを意識しているわけではなく、交通の利便性と住宅価格や家賃を天秤にかけて、つり合いが良いとこに住居を構えているわけです。ですから、政令指定都市3つ分の人口にあたる300万人もの大移動が毎日起きているのです。こうした生活圏が、関東では東京を中心に形成されて首都圏あるいは東京圏といわれています。「東京都」とは、行政の都合によるもので、人々の生活の都合でいうなれば「東京圏」なのです。

 ヒトが寄れば、そこにモノとカネが集まりますから、まるで磁石で砂鉄を引き寄せるようにさらにヒトがひきつけられて、首都圏は拡大しています。その結果、やはり東京を中心とする首都圏に人口は最も集中しています。

 2020年の国勢調査をもとにした確定値では、日本の人口の約30%が首都圏に住んでいます。関西圏が13.4%ですから、日本人の43%が、この二大都市圏に集中しています。

資料:2020年国勢調査

 すべての都道府県で人口減少といわれながらも、都市部では、いくらか人口が減少したといっても、いまだにむしろ人口過密問題を抱えているわけです。では、この都市への人口集中は、いつから始まったのでしょう。それは近年ですと、60年代の高度経済成長期に、「集団就職」あるいは「一家離村」として、ということになりますが、もっと古いのです。

都市に来たものは、村に戻せ

 16世紀末の秀吉による天下平定の頃に遡ります。雑兵といわれる戦場のフリーターたちは、天下統一によって戦場という稼ぎ場を失くして京や大阪に押よせて来ました。もともと戦場に行くはずだった農村部の次男三男たちも、食い扶持を求めて都市に流入しましたから、やはり都市の過密化と農村の過疎化が起きたわけです。

 そこで公布されたのが、「京に来ないでください。」という、人掃令(ひとばらいれい)です。

当時の権力者と現在の知事では、権限の大きさが違いますから、「来ないでください。」ではなく、「来るな。」また「来たものを雇うな。」でした(1)。ともかくも都市はいつの時代でも、人々を寄せる付ける引力があったわけです。

 さらにグローバルにみても、都市への人口集中のトレンドは変わりません。人口が激増し続けているサハラ砂漠以南の国々でもやはり、国内で均等に増加しているわけではなく、都市部が広がりながら増加していると言います。またそれぞれ14億人の人口を持つ人口2大国のインドと中国でも、それぞれ約5億人と9億人が都市に集中しているようです。また2050年には世界人口の70%が都市で暮らすと予測されています(2)。ここでいう都市とは、どれほどの人口規模なのかは定かではありませんが、人間は人口が多いところに、ますます集中するという傾向は間違いないようです。

 したがって、人口減少の日本でも、また対照的に人口増加のアフリカであっても、人口の過密地帯と過疎地帯のコントラストはますます鮮明になっていくということでしょう。

(1)「新版 雑兵たちの戦場」2005年 朝日新聞社 藤木 久志 著

(2)「人類超長期予測」2022年 ダイヤモンド社 ジェニファーDシュパ 著