少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

アシタカが右腕に負った「死の呪い」の正体

  スタジオジブリ製作の映画「もののけ姫」は、時は室町時代末期ごろに日本の東北部にある先住民族エミシの里で平穏に暮らす少年アシタカの前に、荒れ狂う巨大なイノシシが現れるところから始まります。「ナゴの守」という通称を持つことからして、この特別な風格を持つイノシシは、どこかの森の主らしいことがわかります。人間の言葉を理解できるはずですが、「なぜそう荒ぶるのか」というアシタカの叫びにも、まともに取り合わない。目は輝きを失い、口元は弛みヨダレを流しています。文字通りに猪突猛進し村人たちを皆殺しにする勢いです。

やむなくアシタカは矢を放ち、このナゴの守の息の根を止めます。しかし、ナゴの守の体から伸びた無数のイシギンチャクのような触手に右腕を捉えられてしまい、落ち着いてみると彼の右腕に赤黒いアザができていました。これがナゴの守による「死の呪い」の徴候です。アシタカはナゴの守の退治と引き換えに、そう遠くない将来に死ぬ運命を背負ったわけです。

 この村にアシタカ少年をアシタカヒコとよぶ老巫女のヒイ様がいます。このヒイ様の振る舞いからしますと、アシタカは成人後にこの一族の長になるべき人物で、彼女はそれまでの後見人といったところでしょう。

 ヒイ様は、ナゴの守の体内から出てきたという鉄つぶてを見せます。それは物語りの中で石火矢といわれている鉄砲から放たれた弾丸でした。放ったのはまぎれもなく人間です。その人間たちへの強い憎しみが「死の呪い」としてアシタカに取り憑いたことを告げます。

 「呪い」ならば、巫女の力で取り除けるかも知れない。村人たちもヒイ様にそう懇願するのですが、返事は「無理じゃ」。ナゴの守が撃たれ、人間への激しい恨みを充満させた原因は、ナゴの守のもともとの住処であり、彷徨の出発点である西国にある。そこに行けば、アシタカに憑いた「死の呪い」を解く手がかりが見つかるかもしれない。「おまえに付いた呪いのアザは、やがて骨に至り命を奪うであろう。座してその時を待つもよし、西の国に向かいその理由を知るもよし。行きたければ曇りなき眼(まなこ)で見定めるがよい」と、ヒイ様はアシタカに告げます。こうしてアシタカの旅は始まるのでした。

 「呪い」の正体は感染症

 さて臨床医の目で、この「死の呪い」の正体を見極めてみましょう。結論から言いますと、これは感染症です。それも動物からヒトへ伝染していますから人獣共通感染症で、新型コロナウイル感染症と似たような性質です。

感染症を疑う最初の根拠は、まずアシタカの腕の症状です。背負われて現場に駆けつけたヒイ様が、驚いて近寄る村人に告げます。「ただの傷ではない、触れるでないぞ。さあこれをかけてやりなさい。」と、瓢箪(ひょうたん)を渡しました。何かのいわれがあるのかも知れませんが、中身は水です。アシタカの腕から湯気が出ますから、腕は熱を持っていることがわかります。また少し顔をしかめることから、痛みもあるのでしょう。ここでアシタカの腕に見られる症状を整理しますと、赤黒いアザと腫れは最初に表れていましたから、発赤・腫脹・熱感・疼痛です。あと機能不全があれば、「炎症の5徴」といわれる症状が揃いますが、右腕が機能不全とはいえないでしょう。しかし皮膚炎・筋炎の症状を示しています。

それから腕は、危機に遭遇しますと、腫脹と熱感を帯びるようになります。また腕を水に漬けると、症状が治まることを、アシタカは経験的に知りました。清潔な水による冷却と洗浄効果です。

 感染症を疑うもうひとつの根拠は、ナゴの守が銃弾を受けて、相当の期間が経っているということです。傷口は消毒しなければ、すぐ細菌感染を起こすことは、一般によく知られています。ましてナゴの守は弾丸を体内に受けていますから、感染巣は多様な細菌やウイルスが繁殖している可能性が高いのです。

 ところで現実社会で、イノシシを食べることはあります。しかしこうした全身感染が疑われるイノシを捕らえたとしても、だれも食べません。食べることによって得体が知れない感染症を拾うリスクが高いことを、私たちはすでに知っているからです。人間だけではありません。ハゲタカやハイエナなどの一部を除けば、動物たちも死肉を食べません。動物の顔の先端は鼻ですから、これで腐敗の匂いを嗅いだら、生理的な嘔気機能が働いて、もう食べないのです。

 食料になるどころか、ナゴの守の感染レベルは、血液がすでに重度の感染を起こしている敗血症といわれるレベルでしょう。このあと多臓器不全を起こしして助かる見込みはありませんでした。苦しさのあまり、走りまわるのですが死なない。アシタカは彼を安楽死させたともいえます。

 ではそのアシタカだけがなぜ、「死の呪い」を受けたのでしょうか。それは至近距離から矢を放った時に、すでに敗血症になっているナゴの守の血液を浴びたからでしょう。腕のアザは皮膚症状です。現実の世界においても皮膚症状を伴う伝染性疾患は、数多くあります。身近ところでは、麻疹(はしか)や風疹(三日はしか)です。皮膚症状があるので、「なにかの病気」だと、だれの目にもわかりますから、早期発見につながる利点もあります。通常は感染から発症までには潜伏期があるのですが、アシタカの場合は、すぐに皮膚症状が出ています。これは現実的ではなく、単に物語としてのインパクト効果を出すための演出でしょう。

 では病原体は何かということになりますが、その確定は容易なことではありません。ナゴの守の血液を光学顕微鏡で見ると幾種もの細菌が浮かび上がるでしょう。血液の培養をすれば、なおさら明快です。しかしどれが起因菌なのかはわかりません。またこれらの中に起因菌があるかどうかも確証がないのです。なぜなら、これらの細菌類は起因菌ではなくて、二次感染の結果かも知れないからです。そもそも病原体は、光学顕微鏡では見えず、また培地でも増殖しないウイルスかもしれないのです。

この病原体はどこで生まれ、なんの目的でナゴの守に取りつき、そしてアシタカにまで乗り移ったのかということです。私たちがこれからたどる旅は、この病原体の正体をさぐることが目的になります。

 

    病原体はウイルス

 ここでナゴの守とアシタカに現れた症状を確認してみましょう。ナゴの守は、荒れ狂ったまま、おそらく飲まず食わずで数100キロメートルを走ってきたのです。村に着いたときも極度の興奮状態でした。一方の感染したアシタカは、将来の一族の長にふさわしい人格を保っています。つまり人間の高次脳機能は影響を受けていません。物語の進行で後にわかりますが、アシタカの右腕には本人も驚く力が、みなぎるということです。それは常時ではなく、旅の途中で村を荒す野武士と戦うとき、また通常は10人くらいの力が要る扉を1人で開けるときに発揮されます。つまり怒りが湧いたとき、あるいは危機を察知したときに現れる、どちらかと言いますと好ましい症状です。

 つまりこの感染症は、「交感神経系を増強する」といえそうです。たとえば自動車にアクセルとブレーキがあるように、生物の身体調節機能には促進系と抑制系があります。これは神経系に限ったことではありません。自動車はアクセルとブレーキでスピード調整が可能です。どちらも使わないニュートラルな状態を介在させることでスムースな動きを創りだせます。一方の生命体の機能の調整には、たとえば抑制系にさらに促進系と抑制系の側副回路が付いています。いうなれば抑制系の抑制が働くと、ブレーキが効かなくなった状態ですから促進です。

 つまりこの感染症の症状は、交感神経系の促進か、その抑制系の抑制が影響していると言えそうです。いうなればアクセルを少し踏むとターボが働き、同時にブレーキは効かなくなる。ハンドル操作が上手くないと、死亡事故になる状態です。怒りや危機感で交感神経にスイッチが入ると、その効果を頂点まで一気に高める効果を持つ感染症ではないでしょうか。

 村を荒す野武士に対する正義感から来る怒りは高次脳機能ですが、たとえば餌を横取りされたときなどは、動物でも怒ったような動作を見せますし、外敵に出くわしたときの危機感は動物にもありますから逃げようとします。

 諺には「火事場の馬鹿力」というのもあります。このような危機に直面したときの、異様な力はどのようにして生みだれるのでしょうか。

 

 細菌とウイルスのちがい

 アシタカにとりついた病原体の正体を推察する前に、細菌(バクテリア)とウイルスの違いについて、簡単に確認しておきましょう。幼児語ではどちらも「バイキン」という括りに入りますし、医学的にもまとめて病原体といわれます。しかし両者は根本的に異なっています。まず細菌は生物ですが、ウイルスは生物とはいえません。それはなぜなのか、生物学的な正しい記述はインターネットで検索すればいくらでも出てきますから、そちらに譲ることにします。またこれは「生物と無生物の違い」あるいは「生存とは」といった根源的な問いに通じていますから、生物学のみならず熱力学や哲学からのさまざまな考察がなされてきました。しかしどれも難解ですから、ここでは比喩を用いることにします。

 いま私の目の前にパソコンがあります。もし樹脂や金属を溶かして栄養にすることができる細菌がいて、それにこのパソコンが感染したらどうなるでしょう。フレームやキーボードが、文字通り「虫食い」状態になるでしょう。細菌は生物ですから、栄養と水分さえあれば自らそれらを代謝して、自己増殖するのです。広がっているのが、私にもわかるでしょう。逆に言いますと、栄養や水分がなければ細菌は死滅します。

 一方のコンピューターウイルスに感染したらどうでしょう。こうして使用していても感染に気が付かないでしょう。そして電子メールを出した他の人のパソコンに感染を広げたり、あるいはスパイウエアによって、クレジットカードや銀行口座の情報を持ち出されることでしょう。

 ウイルスはプログラムの中に入り、それを書き換えるのです。生物ではありませんから、栄養も水分も必要ありません。コンピューターがある限り永遠にそこに留まることができます。

ただしコンピューターが作動している、つまり生きている状態でなければウイルスは活動できません。壊れて動かないものを食い尽す細菌とは、大きな違いがあります。

実社会でも、感染から無症状のまま50年以上もたって白血病を引き起こすヒトT細胞白血病Ⅰ型ウイルスが知られています。このウイルスは50年もの間休眠していたのです。こうした休眠状態のウイルスをピリオンとも言います。

またウインドーズのプログラムを狙ったものは、基本的にマックには入れません。自然界のウイルスが特定の動物にしか感染しないこととよく似ています。

 ところで私たちは、必要なアプリケーションをインストールします。やはりプログラムに書き込むという点では、ウイルスと同じです。つまり原理的にアプリとウイルスに違いはないのです。都合が良いものをアプリ、望まないものをウイルスとよんでいるともいえます。

絶対にコンピューターウイルスに感染しない方法は、2つ考えられます。まずプログラムに上書きができないようにするということです。そうしますと、アプリをインストールできませんから、こうして文書を作成するのも制限されて、使えないのです。もう1つはネットや電話回線を遮断するという方法です。これはスタンド・アロンつまり感染症対策の「ひとりで家にいよう」ですから、効果があります。ただこれではパソコン機能が半減してしまいます。人との交流を制限された私たちの活動性が半減するのと同じです。そこでその間をとって、イントラネットが様々な組織内で使用されています。病院の電子カルテもそうです。壊れたデータはバックアップによって復元可能ですが、スパイウエアによってカルテ情報が持ち出されると大事件になりますから、インターネット網との接続は物理的に遮断されているのです。 

 こうしてみてきますと、アシタカに感染したのはウイルスの可能性が高いのです。ただ自然界には神経に作用する毒素を分泌する細菌がいます。有名なのは破傷風菌です。この菌が出す外毒素は、青酸カリを遥かに上回る力価です。しかしこれでは罹患した人は死んでしまいます。もっとも弱毒化させた毒素が商品名ボトックスとして、医療に使われることがありますが、むしろ筋肉が弛んでしまいますから、アシタカの症状とは真逆です。

 

 ウイルスは生物の「断片」

 コンピューターウイルスは基本プログラムに絡み付いて来るわけですが、自然界のウイルスは生物のDNAやRNAに入り込んで来ます。そのために自らもその形をしているので、DNAウイルスあるいはRNAウイルスと区分されています。

 つまりウイルスの構造は、生物が持つ遺伝情報の一部ですから、「ウイルスとは、生物の断片である」と、ここでは定義しましょう。この「断片」は、どのようにして、あたかも生きているかのように振舞うのでしょうか。

アシタカが感染したウイルスを、ナゴの守にちなんで、まずナゴウイルスと名付けましょう。そして今問題のコロナウイルスはRNAタイプですから、ナゴウイルスもRNAタイプと仮定しておきましょう。

 このナゴウイルスが、交感神経系を促進あるいは抑制を外すなどして、アドレナリンやコルチコステロイドを大量に分泌させていると考えれば、ナゴの守やアシタカの病態を説明できます。交感神経の興奮を察知した副腎皮質からコルチコステロイドが、同じく髄質からはアドレナリンが大量に分泌されるのです。

その結果、たとえ空腹でも血糖値は上昇し、心臓は破裂しそうなくらいフル回転しますから、筋力は増強し身体機能を極限まで上げるのです。つぎにナゴウイルスは、どのようにしてアドレナリン類を大量に分泌させているのか、ミクロの世界に入ってみましょう。

 生物には細胞を分子レベルでみても、あらゆる部分にフィードバック機能が働いています。血中のアドレナリン濃度が必要なレベルに達したら、「もう十分だ」と、合成を止める信号になります。自動車の運転で言いますと、必要に応じて加速するとき、目標に達したらアクセルを緩めるのと同じです。

 生体では、これは伝達物資とその受容体(レセプター)によって調整されています。携帯電話で言いますと、電波の強さとアンテナの感度にあたるでしょう。つまり伝達物質が多く、かつ受容体の感度が良ければ信号は強く伝わるわけです。受容体はタンパク質で出来ています。タンパク質は分子構造上の特徴を表した総称ですから、種類は特異的で無数にあります。どのようなタンパク質を合成するのか、その情報がRNAに書き込まれているのです。細胞内のあらゆる情報はDNAにあるのですが、そのなかでアドレナリンの調整に必要な受容体のタンパク質の情報をRNAに転写して、合成してくるように「おつかい」に行かせるイメージです。

 実は、この「おつかい」RNAが細胞外に飛び出して迷子になったのが、ナゴウイルスではないかというくらい、この「おつかい」RNAとナゴウイルスのRNAがどこか似ているのです。これが受容体の合成を邪魔するわけです。受容体の合成を正確に促進するには、ウイルスのRNAと「おつかい」RNAは完全に一致していなければ成功しませんが、邪魔は不完全でもできるのです。

 たとえば私たちが何かを生産している工場に入って手伝うことはできませんが、邪魔して生産量を落とすことは、すぐにできるわけです。工場側ではそうしたことを防ぐために、部外者が勝手に入り込まないようセキュリティを設けています。

生体も同じです。しかしナゴウイルスは「おつかい」RNAにどこか似ていて、セキュリティを潜りぬけて内部に入ってしまうのです。

 では受容体の合成を邪魔して、なぜアドレナリンの合成が止まらないのかといいますと、抑制系の受容体をターゲットにしているからです。抑制系の抑制つまり促進です。自動車のブレーキ機能を邪魔するわけですから、エネルギーが自然に消費されるまで止まらないのと同じです。

 こうして怒りや危機に瀕して交感神経系が亢進しますと、アドレナリンが大量に放出されて、心臓は極限まで拍出量を上げますから強い力を出せる反面、心筋梗塞を起こしたりあるいは心筋内のエネルギーを使い果たして死亡するリスクが上がるのです。これがアシタカが受けた「死の呪い」の病態だと考えられます。