少子化の正体

「80・2.0の壁」とは?

人間と野生動物はなぜ接近したのか

 シシ神の森の崩壊から、いわば550年あまりが過ぎて発生した新たな「呪い」すなわち新型コロナウイルス感染症は地球全体に蔓延しました。アシタカが感染したナゴウイルスの解明と同じ要領で、この新型ウイルスについてマクロとミクロの視点から迫ってみましょう。

 さて今回の騒動の震源は中国であるとされています。ただ新型ウイルスによる肺炎が初めて報告されたのが中国の武漢市からというだけで、ウイルスがどこで発生したのか、また感染しても症状がない人が多数いますから、最初の感染者はどこで発生したのかも分っていません。あくまでウイルスの発生源も武漢市であろうという前提で話を進めるだけです。

 そもそも新型コロナとよく比較される、いわゆるスペイン風邪も、ウイルスの発生源も最初の流行地もいまだに特定されていません。第一次世界大戦中のアメリカ・カンザス州の軍事訓練基地が流行の震源地として有力ですが、食用のブタを囲っていたことからイギリス陸軍駐屯地説もありますし、また大戦当時に中国人を軍属としてイギリスに連れて来ていることから、近年になって中国説も登場しています。

 ヨーロッパでのインフルエンザ・ウイルス拡散は、アメリカからの最初の派遣軍79万人が上陸したフランスのブレストの港から始まっていますから、震源がスペインである可能性は極めて低いことだけは確かなようです。

そもそもパンデミックの発生源になるのは、その国にとって災難であるばかりか国際的に不名誉なことですので、政治的なバイアイスもかかりやすく発生源の確定は困難になりがちなのです。

こうしたわけで、現在のところこの不名誉を武漢市に背負ってもらうより、ほかはありません。

工業化による人口集中 

 さて新型コロナウイルスはコウモリやセザンコウなどとヒトの人獣共通感染症とされています。最初は野生動物を食肉として扱う武漢市の市場が感染の発生源とされましたから、動物からヒトへの感染と見なされました。中国の特別な食習慣がある地域の風土病みたいなものだろうという見方が、日本では広がっていたのです。しかし武漢市内で流行が始まりヒトからヒトへの感染が確認されますと、専門家たちは身構えました。そして2020年になると感染はゆるやかに世界に広がり、パニックが静かに始まったのでした。

 つまりこの感染症の始まりは野生動物からヒトへの感染ですから、この両者が頻回かつ濃厚に接触しているということです。市場で売るために野生動物を捕獲するのも十分に影響しているでしょう。しかしそれは医食同源の思想によるものでしょうから、大昔から繰り返えされていたはずです。

 ではなぜ今、野生動物と接近したのでしょう。それはまずは都市化による森林の減少すなわち野生動物の生息域が縮小しているからです。

ここで「もののけ姫」のタタラ場を思い出してみましょう。タタラ場では男女は別々の区域に住まい、子どもたちの姿はありませんでした。

 これが実際の集団ではそうはいきません。男女は結婚し、タタラ場の周辺に住まいを構えます。すなわち森の木々は伐採され住宅用の平坦な敷地が造成されるのです。それから建築資材として樹齢が経った大木が切られます。さらには食料を生産するための開墾が起きます。世代が変わるごとに人口は増加しますから、人間による森林の侵食は止まらなくなります。またタタラ場すなわち工場も増加しますから、増えた人口を労働者として吸収するだけではなく、ほかの地域からの人口流入も発生します。こうした流れが工業による都市化のひとつのパターンです。そうしますとシシ神の森は瞬く間に消え失せ、渓流沿いに道路が整備されて、人を寄せ付けない深い森があったことは都市伝説に変わります。

 現実に戻りますと、日本ではすでに高度経済成長期に経験したことですが、武漢市では今まさにそれが大規模に進行中なのです。武漢市の地形は長江と漢江が合流する地点に位置して、150を越える河川と大小無数の湖沼があります。水量が豊富であれば森林が広がり、陸上動物の生態系が多様化するだけではなく、ヨウスコウイルカやスメナリなど水棲の絶滅危惧種ならびにコウノトリペリカンなどの希少鳥類も多様に生息しています。武漢市はもともと中国の主要都市ではありましたが、今や人口は1千万人を越えるまでになりました。この巨大都市には多くの大学や研究機関がありますが、もうひとつの顔は「東洋のシカゴ」といわれる工業地帯であるということです。つまり武漢市は野生動物と人間が接近する、うってつけの地域といえます。

巨大都市を覆うスモッグ

野生動物の生息域が縮小していることに加えて、もうひとつ生態系を壊して動物たちを追い詰めているのは亜硫酸ガスでしょう。もちろん窒素酸化物も同じように害を成しています。

シシ神の森では、唐傘連が尾根の上で発生させた煙りが森に垂れ込んで、動物たちを茂みから追い出していましたが、武漢市では煙突から溢れ出てきます。発生源は化石燃料、とりわけ発電や製鉄のエネルギー源となる石炭の燃焼です。なぜこの古典的な化石燃料がいまだに大量に使われているのかと言いますと、中国には埋蔵量が豊富ですから、安価にして発電所やコークス製造工場の設備も簡単に揃うからでしょう。

その結果、武漢市は、あたかも19世紀のロンドンになってしまいました。すなわちスモッグに覆われたのです。これは武漢市に限ったことではなく、全部で14になった中国の1千万人都市に共通の環境汚染です。

さてスモッグはsmoke(煙り)とfog(霧)の混成語ですから、煙りが霧のように立ち込めて視界が悪くなります。数十メートル先の高層ビルや自分の足元までが、黒い霧に沈み視界から消えるほどになることもあります。

この中には亜硫酸ガスのみならず、硫黄成分を含んだ微粒子であるPM2・5も大量に含まれています。

亜硫酸ガスは少量なら抗菌剤や殺虫剤としての利用も可能ですが、虫が死ぬということは量を増やせば人体にも有害作用をもたらします。最も初期に表れる健康被害は呼吸器症状でしょう。薪炭が尽きたロンドンでは産業革命以前からスモッグが発生するようになり、コークスの生産とともに本格化します。

やはり公害はマンチェスターなどの工業地帯から始まりました。希釈効果を持つはずの大気が黒くなるわけですから、コークス工場内では気管支喘息に苦しむ労働者が増加したといわれます。ロンドンではその頃以来、スモッグは日常だったのですが、やはり気象条件が影響するのか、10年に1度くらいの頻度で重篤な規模のものが発生したようです。しかし「仕方がない」と諦めるのは日本人だけではないようで、公害が社会問題化する1950年代まで、そのまま放置され続けました。

さてスモッグは雨が降り続けば消えます。つまり地表に落ちるのです。そのほか加熱されていったん上空に上がった亜硫酸ガスや窒素酸化物は大気中での化学反応の後に酸性雨として、やはり地表に降り注ぎます。酸性雨は森林を枯らすことが広く知られています。

つまり石炭の燃焼の結果、森林は枯れさらに地表の昆虫や細菌が死滅し生態系が破壊されるわけです。こうしたことはよく知られていたのですが、たいていの人々にとっては、自分にはさしあたって関係がなく、また力が及ばない現象だったでしょう。しかしこのことが新型コロナウイルスの発生に関係している可能性が高いのです。